北海道立啓成高等学校同窓会 雪笹会 YUKIZASA-KAI

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雪笹会

恩師は今

ここでは、かつてお世話になった先生の近況などをお話していただきます。

第4回 菅村敬次郎 先生

 まだ暑い夏の頃、敬次郎先生宅へ伺いました。平岡の札幌大学近くの閑静な住宅街にお住いはありました。玄関先には奥様のお手入れされている可愛い薔薇が、庭には奥様のご両親が丹精されている沢山の鉢植えが揃って陽を浴び、その横には胡瓜や茄子が大きく育ち食べ頃となっていました。
 先生は御年70歳代になっているにもかかわらず、お元気そのもの。退職されても、やはり先生は先生でした。ずっと演劇にかかわっての教師生活で数々の賞を受賞され、退職された今もなお演劇に携わって過ごされています。
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第3回 田中瑞枝 先生

 昭和43年4月から56年3月まで啓成高校に在職。3期、6期、9期、12期の担任を務めた。現在は西区山の手に在住。啓成高校のあと、札幌星園高校を経て、札幌新川高校を最後に定年退職。その後、朝日カルチャーセンターの講師を続けている。現在担当している講座は「アメリカの短編を英語で読む」。月2回の授業は、高校生を相手に教えるのとは違った楽しさがあるという。もちろん英語の勉強は続けている。
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第2回 大東俊郎 先生

 第2回は、昭和42年4月1日~昭和58年3月31日まで国語科を担当していた大東先生です。久しぶりにお会いしましたが、大変お元気な様子でした。
 現在、当別町にあるスウェーデンヒルズの一角に、お住まいになっております。今年3月に教師としての現役を引退し、愛妻の映子先生(旧姓の山本映子先生は、昭和42・43年の2年間、啓成高校で家庭科を教えていました。)と、仲良くお過ごしのようでした。
 昭和42年より16年間、我が啓成高校の教壇に立ち、昭和58年3月に北海道教育委員会の指導主事に配属になり6年間勤務し、その後、岩見沢縁陵高校の教頭を2年間、札幌稲北高校の教頭を2年間、帯広広尾高校の校長を3年間、札幌稲西高校の校長を2年間、札幌北高校の校長を2年間勤務し、道教員定年にて退職。その後、北海学園北見大学で6年間教壇に立ち、この3月まで北海商科大学に、2年間席を置いていたそうです。まさに教師生活一筋で、現在68歳になったとのことです。
 あの頃の、知る人は知る「あばれんぼう」の面影も薄れ、穏やかなおじいさん(?)に、なりつつある印象を受けました。血気盛んな20才代後半から40才にかけての青年時代を過ごした、啓成での思い出が一番なつかしいとのことでした。今後とも同窓会・同期会等なにかあれば参加したい旨のお話もありました。これからも健康で、白氏の文集を読みつづけながら、悠々自適な生活を送ることを祈念いたしております。(H20.11.15)
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第1回 粥川昭弘 先生

 第1回は、昭和42年9月1日~54年3月31日まで保健体育を担当、平成13年4月1日~15年3月31日まで、校長をされていらっしゃった粥川先生です。
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